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▼antaiさん: >第1戦主審・岡田正義 >第2戦主審・レスリー・モットラム > >差がありすぎる。 こういう時期だから、多少長文でも許してもらえると思い、書きます。 第二戦は、2001年12月8日、聖地鹿島。僕は今まで19時34分とは思ってなかった。 3時か4時ごろ、よく晴れた暑い日の午後に感じていた。 さて、その頃に鹿島に着き、まず神宮前のそば屋でお昼を取った。内田屋。 店内は割合空いていた。外の駐車場にバスが二台停まっているのにとおもった。 そのバス、中型の二台だったが、二台とも富山ナンバー。 そしてなんとそのナンバープレートに着目。一台は1313、もう一台は5656。 当時僕は田無からか通っていたが、遠く富山の地からこのモチベーションを持ってこられたのには驚いた。柳沢敦は点を取らねばならぬ。いや、取ってもらわなければ申し訳ない。鈴木隆行は出場停止だから、ヤナギよ、お前ひとりが頼りだ。 冷やしたぬきそばを食べ、神宮に勝利祈願に行った。やたら13番が多い。それはわかる。だがびっくりしたのは、祭壇の中にぎっしり13番が座って祈願中だった。全員13番。これには震えた。神官の祝詞が朗々と聞こえてくる。 「日ごろ鍛えし技を十分に発揮せしめ、ジュビロ磐田を打ち負かし・・・」そこしか覚えていない。 おお。神は現代のことがわかるのか。 タケミカズチノオオカミ様が味方してくだされば・・。いやそう願うしか手段はない。 13番の人に聞いたら、今朝早く富山を出たと言う。 凄いことだ。感動した。応援という心の世界が、遠い日本海のかなたから現実にこれだけの人間の体を動かしてこの鹿島の地に足を向けさせ絆を生み出すのか。そういう風に思った。 スタジアムに着くと席はどこもいっぱいで座れない。やむなく、ジュビロ側に行って、警備の人にお願いした。コーナー席に入れてくれた。他に赤いユニが何人かいた。 超満員。遠くから来た柳沢応援団は席は取れただろうか。大丈夫。サポ席右側中段に ノボリを立てている。 僕はジュビロ側に座ったおかげで、小笠原のFkをまざまざと見ることができた。 柳沢敦は壁の右端(僕からは左端)に立ち、ジュビロの壁を制限していた。糸を引く大工のような小笠原の視線。やがてナイフの刃のカーブを描いたボールは、柳沢が引っ込めた頭の位置をそのまま通ってネットに突き刺さった。 祈願は成就した。あの日、祈願を終えて戻るとき、春日灯ろうのところで砂利の音に混じって背中から雷が鳴ってっていた。本当だ。
引用なし

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【247】2001年チャンピオンシップ くまうちん 20/5/16(土) 20:18
【248】Re:2001年チャンピオンシップ 鹿三 20/5/16(土) 20:52
【249】Re:2001年チャンピオンシップ 南鹿 20/5/17(日) 2:09
【250】Re:2001年チャンピオンシップ antai 20/5/17(日) 9:08
【251】Re:2001年チャンピオンシップ第2戦場外 南鹿 20/5/17(日) 10:50
【252】Re:2001年チャンピオンシップ第2戦場外 残念だけど 20/5/17(日) 21:33
【253】Re:2001年チャンピオンシップ第2戦場外 antai 20/5/17(日) 21:50
【254】Re:2001年チャンピオンシップ第2戦場外 残念だけど 20/5/18(月) 8:22

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